【時折見かける「祝⭐️離婚!」投稿に対しての違和感】

こんにちは!アマンダ(@amanda_asahi)です。

 

ラベル名

「昨日、ついに離婚しましたー!
わーい!新たなわたしにカンパーイ!

 

というような、軽やかでハッピーハッピー的な、
⭐️離婚いぇーい!報告。

 

コメント欄には、

「〇〇ちゃん、おめでとう!😉❤️
「〇〇ちゃん、素敵!😉❤️

の連続。

 

 

この「祝⭐️離婚いぇーい!」投稿に、少し前から違和感を覚えていました。

 

 

少し前、とか、数ヶ月前にした、とかなら違和感がないんですけど、
昨日とは、今日とかの報告って、

 

薄らサムッ❗️⚡️

ウソくさッ❗️⚡️

 

 

と感じることがあります。

人の門出に違和感抱くのもなー・・・
言語化しても誤解されやすい違和感だなー・・・
という理由で、
自分の中で放っておいた違和感です。

なんとなく、わたしの偏見に基づいているものかも?という可能性も、感じていました。
だから、深堀りするには、勇気がいたんだろうね。

だけど、ふとね。
言葉にしてみたくなりました。

どんな結論になるのか、今はまだ分かりません。
なので、この記事は、わたしの自己開示的な投稿でしょう。

 

 

記事を読んでくださっている方からのジャッジ(実際はアマンダによる自身へのジャッジ)を感じながら、
自己開示することを選ぶこと。

それが、してみたくなりました。

予定調和的な結論の記事は、つまらないですもの。

どこまで自己開示できるか。
表現するものとしての、わたしのテーマでもあります。

では、いざゆかん。

 

まず、前提を確認しよう。

 

アマンダの前提

  • 離婚≠悪
  • 離婚=その時できる最善の選択 の場合もある。
  • 「離婚出来てよかった。」の気持ちを抱くことは、理解。晴々しさの存在も理解。
  • 結婚は、一生寄り添いたいと一度でも感じた相手とするもの。
  • 離婚を選んだ人が、テキトーに結婚したとは思っていない。

 

まず、上記の前提が違っている場合が、離婚いぇーい!✨投稿をする方と違っているなら、話は違ってきます。

  • 結婚は、一生寄り添いたいと一度でも感じた相手とするもの。
    →「5年くらい結婚して、子どもが出来たら離婚したい!この考えと同意する相手と結婚しよう!」
  • 離婚を選んだ人が、テキトーに結婚したとは思っていない。
    →とりあえずテキトーに良さそうな人と結婚してみて、良い人じゃなかったら別れるべ。

 

これなら、理解です。
その生き方をわたしが素敵だと思うかはさておき、何も違和感はありません。

なので、以下は、上記のアマンダの前提で考えられる結婚に対しての、祝⭐️離婚!への違和感です。

 

アマンダが違和感を覚えるポイント

 

これ、今、気付きました。

「コーチ」や「〇〇アドバイザー」など、

何かしらの【生き方のサポートをする人・生き方を伝えている方】の

⭐️離婚いぇーい!報告に、違和感を覚えていました。

 

うん。はい。

ここです。ポイントはここですね。

 

SNSは、多くの人にとって、報告の場だったり、交流の場だったりします。
ただのアドレス帳かもしれません。

だから、SNSを使っているみんなが、本音だけ書かなきゃいけないなんて思っていないです。

それぞれの使い方があって、それでいいと思う。

 

⭐️離婚いぇーい!報告の形で、他人に離婚したことを伝えたい方もいるやろうし、
その形でしか、伝えられない人もおるでしょう。

 

そもそも、その方たちの結婚の前提がわたしの前提と違う可能性もあります。

 

では、なぜ、

「コーチ」や「〇〇アドバイザー」など、

何かしらの【生き方のサポートをする人・生き方を伝えている方】の

⭐️離婚いぇーい!報告に、違和感を覚えたのか。

 

 

人に生き方を伝えることを生業にしている方が、

自分の悲しみや、苦しさを見せずして、

ええカッコしようとするその投稿に、

寒気を感じていました。

 

ウソっぽいんですよ。
全部。

 

違和感を例えるなら

 

  • ずっとカフェを経営してみたくて、やっとこさ苦労して、開くことができた。
    だけど、経営不振に陥って、2年で閉めないといけなくなった。本当は、ずっと開いていたかった。
    何かしら、別の方法を選んでいたら、閉めずにいられたのかな、なんて考えることもある。

 

→「いぇーーーーい!!!カフェ閉めまーーーーす!!!祝!カフェ経営に悩まされない日々!!新たな日々、おめでとう自分!

です。

 

ウソやんって。

 

もし、カフェ閉めることになって、

 

「悔しい」とか「悲しい」とか、

本当に感じてないとするじゃないんですか。

 

そんな中途半端にしか生きてないくせに、人からお金もらって生き方伝えようなんて、くだらないわ。
薄ら寒いわ。

 

って思うんですわ。

 

生き方を伝えるなら、「離婚するな。」

 

じゃないですよ!

生き方を伝えるなら、「ウソつくなよ。」

 

なんですよ。

 

自分は、クライアントに嘘つくな、自分に正直に生きようとか言ってるのに、

自分は、隠すなよ。

 

自分が、本気で相手と向き合って、本気で傷ついて、悲しんだこと、

否定するなよ。

 

 

自分を、

自分の闘いを否定するなよ。

 

自分は否定するのに、人に、泥臭く闘えっていうなよ。

 

こういうタイプのコーチって、

クライアントにも「あなたはそのままでいいよー」とだけ伝えて、自分は全然自分のまま生きてないんすよね。

 

「ありのまま」と、「痛いところから目を逸らし続けて認めない」のとは、違います。

 

アマンダの出した結論

 

  • 自分が必死になったこと、傷ついたことを認められない人が、人に「自分と向き合おう」とか言っている姿がウソっぽくて嫌い。
  • 本当に必死になって結婚相手と向き合ってなかったら、誰と向き合えるつもりなの、というツッコミ。
    結婚って、そんなに軽い認識だったの?離婚って、そんなに軽い認識だったの?
  • わたしはそういう考えの人と関わるつもりはない。

 

以上!

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1990年 12月12日 大阪府箕面市生まれ 2009年 大学へ 上智大学 文学部英文学科に入学 都内某ホテルにて4年間アルバイトをする。 塾にて小学生/高校生に複数教科を教える。 ラクロス部に入部。3年生の終わりに退部。 2013年 社会人に 神奈川県私立小学校にて英語科教員を勤める。 2017年 8月にコーチングと出会う。 銀座コーチングスクールにてコーチングを学ぶ。 11月に月に1度の読書会を初めて主催。 2018年 退社 3月末に小学校を退社。 4月からコーチングで独立。 4月16日 〜 5月20日 スペインでの聖地巡礼 サンティアゴ・デ・コンポステーラへ